55回目。ふあー、M9,0恐ろしいです。死ぬかと思った。地震その1

<GGコーナー>
 3月11日(金) いやあ、今度ばかりは、死ぬかもしれないと思ったよ。(観測史上最大の東北地方太平洋沖地震)ね。
今まで61年の人生の中で最高の地震でしたね(これからもあるかもしれないけど)。我々の住んでる所は、震度5だそうで。「えーっあれで。私の職場は9階にあるので、余計にゆれを強く感じたかも。
 だんだんと、ゆれが大きくなり、今までに経験したことのない、大きなゆれだったな。で、リュックしょって、帽子をかぶって、靴を履いて、机の下に、一応もぐってみました(9階なのに、くずれたらおわりなのに)
 1回目の大きいゆれがおさまった時に、みんなで、近くの学校の校庭に避難しました(当然、階段で)。途中で、飲み物とか、軽食をコンビニで確保。まわりは、高層ビルばっかりで、あまり安全ではなかったような。近所のビルのエアコンの室外機がコード1本で、ぶらさがってました。で、2回目の地震の時は、あちこちで悲鳴やら、しゃがみこんだりする人もいたです。
 得意先に行ってた営業さんに聞いたところによると、泣きだしてしまった人もいたんだとさ。時々、学校の先生が情報を、拡声器で伝えてくれたけど、ちゃんと聞かないでべらべらしゃべってるやつがいたのには、少しびっくり。こいつはバカかと思いましたね。
 こんな時こそ、ワンセグは大活躍。情報を得るのにとても便利でしたね。震源地の状態とか、交通情報など、1番は「おれは、帰れるのか」。2番は「家族などの安否」3番は「まわりの状況」最後に「仕事は続けるのか」です。
 だけんど、家族やら、お客さんに電話がつながらないのには、まいりましたね。地震が起きてから12時間はつながることもあるけど、つながらないことも多かったな。
 夕方になると、帰宅者だろうな、ぞろぞろと歩き始めました。なんで歩いてるかっていうと、そうです、電車は全てストップしました。グループで楽しそうに行く人達。黙々と一人で帰る人。東京マラソンと勘違いしてる人。そうだ、防災用のヘルメットをかぶってる人達もいました。都会は上から降ってくる危険がいっぱいだからな。カンバンとか、窓ガラスとか、人間とか
 道路は渋滞がすごいね。300メートル進むのに、45分かかったと工場の人が言ってました。そのせいか、うちの職場に来て、いつもは、用事が済み次第帰るのに、この時は、なかなか帰ろうとしませんでした。 
 で、この日は、交通網がズタズタになり、夜には復帰しましたが、情報が足りず、会社に泊まり、翌朝5:00に起きて、ネットで状態を把握しつつ、最良と思われるルートで帰宅しました。会社の近くに、友達が住んでいるので、泊めてもらえたのですが、その時は思いつきませんでした。残念。次は泊めてもらおうと思いましたが、こんなことは、二度とごめんだね。今回は写真はなし

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